Wave of Sound の研究月誌 |
付録 C 限界税率・誘発投資モデルの安定性 これまでは、第5節で導入したモデルの定常状態か、あるいは一定の成長率で成長する場合しか考えてこなかった。しかし、このモデルは本来、時間変化する任意の政府支出に対して、国民所得などの経済変数の時間発展を計算できる構造をもっている。この付録ではその構造について説明し、本モデルがどのような経済パラメータの値に対して安定なのか、また、現実の日本経済のパラメータの場合には安定なのか、といったことを説明したい。 ■微分方程式による表現と物理的アナロジー 以下では簡単のため、前年差を微分で近似した、第9節の式(1)から(6)で定まるモデルについて考える。これらの式から国民総所得Y 以外の経済変数を消去することにより、時間の関数Y = Y(t) についての2階の線形常微分方程式を得ることができる。
ここで係数m , b , k は次のようになる。
この微分方程式には簡単な物理的アナロジーがある。速度に比例する抵抗力と外力を受けながら、バネにつながれて振動する物体の運動方程式と同じ形である。水の中で振動するばね振り子を想像してほしい。ここで、m が物体の質量、b が粘性力の係数、k がばね定数、G(t) が外力に対応する。 質量m とばね定数k が正だと仮定すれば、粘性力の係数b が正ならば 、外力に励起された振動は粘性抵抗のために徐々に減衰する。逆にb が負ならば、 振動は(負の)粘性抵抗のために指数関数的に増大してしまう。つまり、b が正ならば系は安定で、負ならば不安定である。 式(3)からわかるように、係数b の符号に関係するのは税率と投資性向である。それぞれのパラメータの増加がb の符号にどう寄与するかを表にまとめると次のようになる。
表1:各パラメータの増加の、系の安定性への寄与 累進的な税制は経済の安定性を高め、投資が消費過敏になることは経済を不安定にすることがわかる。 ■日本経済のパラメータと安定性 付録Bで調べた日本経済のパラメータを再掲すると次のようになる。
これらをもとに、微分方程式の左辺の係数m , b , k を計算すると以下の値を得る。
係数b の値には変動があるものの、その符号は一貫して負である。つまり、日本経済はこのモデルのパラメータから判断する限り、安定ではない。もちろん、この線形のモデルは正確に現実を反映しているわけではなく、たとえば金利変動による景気調節を考慮していない。 だが、このパラメータの値から見て、ここ半世紀の日本の経済システムが、金利の調節や政府支出の調節を行わない場合に、変動を自己増幅していく特性をもっている、ということはほとんど確実であるように思われる。そうした傾向は1984年以降、大きくなっている。 1984年以前の「質量」b が ほとんどゼロであることも興味深い。係数b は限界税率と限界投資性向の積に比例するが、これらの期間においては、税率表の見直しが頻繁になされたために所得増に伴う税率変化が少なかったり、投資が安定的で消費過敏でなかったために、係数b が小さかった。 1984年以前の日本経済の「慣性質量」は小さく、財政出動などの刺激に対してすぐに反応し、加速する状態にあった。 逆に1984年以降の「慣性質量」は大きい。つまり刺激に対して加速が小さい状態である。(加速度が小さいことは必ずしも、時間が経ったあとの速度が小さいことを意味しないことに注意。ゆっくりと加速しても、最終的に大きな速度になったり、遠くまで到達することもあり得る。)反応が鈍いのは、おもに投資が消費過敏なためであり、それに加えて税率表の見直し頻度が落ちたため、限界税率が大きくなったためと考えられる。 「バネ定数」k はこの半世紀を通じて、ゆるやかな減少傾向にあるが、安定している。 「質量」b を小さくしたければ、限界税率を下げるか、限界投資性向を下げればよい。前者を実現するために所得税の累進構造を緩和したり消費税に頼ることは経済システムの不安定性を増してしまう(表1参照)。1984年以前のように、強い累進税制を取って経済の安定性を保ちつつ、毎年度、税率表を見直すことで所得増に伴う重税化感の解消を行うのがよいだろう。つまり、数ヶ月といった短期的な期間でみた限界税率は高いが、1年、2年といった長い期間で見れば限界税率は低い、という状況を作り出せばよい。 限界投資性向を下げる(=民間投資の消費過敏性をなくす)ためには、経済成長が続くとの確信を経営者に与える必要がある。それには、政府が(名目で4〜5%程度の)成長率の長期見通しを発表し、着実に達成していくことが求められる。 (2007年1月作成 2009年12月21日 更新) |