Wave of Sound の研究月誌
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財政赤字の持続可能性について

付録


A 債務解消の成功例と失敗例 (海外と日本の経験)

米山秀隆氏は、以下の歴史上の8つの事例について、政府債務の解消の原因を詳しく考察し、研究レポート「政府債務累増の帰結─歴史的考察」に公表しておられる。ここでは、それをごく簡単に紹介してコメントしたい。(詳細はリンク先のPDFを参照。)

 事例 債務の国民所得比率(%)の推移 債務比率低下の主な原因
(1)ナポレオン戦争後の英国
210→43 (73年間)
実質経済成長
(2)第一次大戦後の米国
30→16 (10年間)
実質経済成長と債務償還
(3)第一次大戦後のドイツ
?
ハイパーインフレ
(4)第二次大戦後の米国
110→36 (20年間)
実質経済成長と物価上昇
(5)第二次大戦後の日本
189→ 8 (7年間)
ハイパーインフレ
(6)90年代の米国 (注1)
76→60 (7年間)
実質経済成長と物価上昇
(7)90年代初めのイタリア
124→111 (6年間)
実質経済成長と物価上昇
(8)90年代初めのスウェーデン
78→64 (5年間)
実質経済成長と物価上昇

以下はWSのコメントである。敗戦後にハイパーインフレを招いてしまったドイツと日本のケースは失敗例である。他のすべてのケースにおいて実質経済成長が債務比率低下の主な要因であることは注目に値する。物価上昇もしばしば重要な要因である。さらに表には書いていないが、(2)のケースを除いて、債務償還(≒緊縮財政)は債務比率低下にマイナスに働いている

(1)の英国のケースは、デフレ下で実質経済成長と債務比率の低下を実現した点で、現代の日本の状況に照らしてとても興味深い。WSは、金本位制という固定相場制の下で金利が名目成長率を下回っていたことが19世紀の英国が債務比率の低下を達成できた大きな要因であると考える。経済が成長しても通貨価値が変わらないので、(変動相場制とくらべた相対的な意味で)金利が上昇することも、輸出が減って景気を冷ますこともなかった、ということである。


付録Aの注

注1:米山氏は80年代のレーガン政権後期についても考察しているが、ここでは90年代だけを取り上げた。


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(2007年1月作成  2007年12月25日 更新)