Wave of Sound の研究月誌
<トピックス> 財政赤字 ブログ

財政赤字の持続可能性について

第2部 持続可能性を高める税財政政策


9 財政赤字の国民総所得に対する比率は何で決まるか

前節では、経済が成長するという仮定が自然であることを歴史的データに基づいて説明した。そこで、この節では、経済が成長するという前提のもとで、財政赤字の大きさがどのような経済パラメータによって決まるのか、また、累積債務の解消のためには、どのような税・財政政策が望ましいのか、について、第5節で説明した限界税率・誘発投資モデルをもとに考える。

■仮定するモデル

簡単のため、経済が一定の割合で成長していると仮定しよう。つまり、国民総所得の名目成長率a が一定であると仮定する。たとえば成長率が5%ならば a = 0.05 である。モデルを構成する式(再掲)は以下の通りであった。

国民総所得
Y = C + I + G
(1)
個人消費 C = β(Y - T )
(2)
民間投資 I = γ1 C + γ2 dC/dt
(3)
政府支出

G は外部から与える

(4)
税収 T = α1 Y + α2 dY/dt
(5)
財政赤字 D = G - T
(6)

ただし、取り扱いを容易にするためにモデルを微修正し、前年差を時間t に関する変化率(微分)で置き換えてある(時間t の単位は「年」)。5つのパラメータ(消費性向1つ、投資性向2つ、税率2つ)は定数であると仮定する。

t=0 における初期値が与えられ、かつ、政府支出が時間の関数 G = G(t) として与えられれば、任意の経済変数の未来における値を、これらの式より計算できる。これらの式は全体として、物理学において(政府支出という)強制力を受けて振動する、減衰のある調和振動子の運動方程式と同じ微分方程式を構成している(詳細は付録Cを参照。サミュエルソンの有名な論文「乗数分析と加速度原理との相互作用」で扱われたモデルと同様に、消費増に誘発される投資の効果を取り入れているため、振動がおきる)。

■成長率を一定と仮定すると

いまは経済が一定の成長率a で成長すると仮定しているので、 Y の初期値をY0 として

Y = Y0 exp(a t )      (7)

とおける。これを(5)式に代入すると、税収T も同じ増加率で増えることがわかる。

T = (α1 + α2 a ) Y0 exp(a t )

経済成長と限界税率α2 の効果で、実質的な税率がα2 a だけ大きくなったことに注意。そこで、実効税率 α を式α = α1 + α2 a で定めれば、上の式は簡単に

T = αY0 exp(a t ) = αY

と書ける。同様にして、投資や消費も同じ増加率a で増えることがわかる。したがって(1)式より、政府支出も同じ増加率a で 増えなければならない。計算結果は次のようになる。

国民総所得
Y = Y0 exp(a t )
(7)
個人消費 C = β (1 -α) Y
(8)
民間投資 I = β (1 - α )γY
(9)
政府支出

G = {1 - β(1 -α)(1 +γ)} Y

(10)
税収 T = αY
(11)
財政赤字 D = (1 -α){1 -β(1 +γ)} Y
(12)

ただし、ここでγ = γ1 + γ2 a とおいた。γは実効投資性向とでもいうべき量で、経済成長のもとで消費増に誘発される投資の分(γ2 a )だけ、平均投資性向γ1 より大きい。

式(12)より、毎年の財政赤字の、国民総所得に対する割合は

式13
(13)

であることがわかる。この式を元に、経済成長という状況下での財政赤字比率の削減の方法を考察してみよう。

■日本経済のパラメータ

経済パラメータとしては近年の日本を念頭に、以下の値を想定する(詳しくは付録Bを参照)。

平均税率
α1
0.17
限界税率
α2
0.64
平均投資性向
γ1
0.40
限界投資性向
γ2
2.5
消費性向
β
0.6〜0.7

表14:近年の日本経済のパラメータ

■財政収支が黒字になるための条件

式(13)の右辺は2つの因子の積である。左側の因子 1 -αは実効税率α と1 との差であるが、実効税率は成長率が0%から5%まで変わっても0.17から0.20まで変わるだけなので、左側の因子は0.83〜0.80とほとんど変わらない(注1)。

一方、右側の因子 1 - β(1+γ) は、財政赤字を考える上で重要である。この因子は現在プラスになっているが、もし政策によってこの因子をマイナスにすることができれば、財政赤字がマイナスになる、いいかえると、財政を黒字に転換できるからである。そのためにはβ (1+γ) を1より大きくできればよい。 黒字転換の条件は

β(1+γ) > 1  すなわち   γ > (1/β) - 1     (15)

である。 さまざまな消費性向の値ごとに、財政収支の黒字転換に必要な実効投資性向の値を表にすると次のようになる。消費性向が大きいほど、投資は少なくて済む。

消費性向β
黒字転換できる実効投資性向γの最小値
0.60
0.67
0.65
0.54
0.70
0.42
0.80
0.25

いま、消費性向が0.65だとすると、実効投資性向が最低0.54ないと財政収支は黒字にならない。ところが、表14からわかるように平均投資性向は0.40しかないので、経済成長率がゼロだと財政収支は当然、大赤字になる。しかし、成長率が5%なら話は違ってくる。消費増に誘発される投資のために、実効投資性向は2.5×0.05=0.125だけ平均投資性向より大きくなって、約0.53となるから、財政収支は黒字転換までは行かないが、ほぼ均衡するのである。このように、財政再建のために経済成長路線をとることには利点がある。

もし、なんらかの政策によって消費性向を0.70まで上げることができるならば、経済成長路線のもとで、財政収支は確実に黒字に転換する。

■消費性向と投資性向の向上

したがって、消費性向を上げる政策をとることが財政健全化のためにもっとも有効である。式(13)の説明で最初に述べたように増税や減税の効果は(長期的には)ほとんどない。一方、消費性向が上がれば、第7節の式(1)からもわかるように自然に国民総所得が増えるから、経済が成長する。それに見合う分だけ無理なく政府支出を増やしていくことで、民間部門の自立的な成長を阻害することなく経済規模の拡大と社会福祉の向上を実現し、同時に累積債務の持続可能性を高めることが可能になる。

投資性向を向上させることは、消費性向ほどではないものの、ある程度の効果がある。しかし、投資が消費の増減に敏感になり過ぎることは、経済システムの安定性の観点からは好ましいことではない(付録C参照)。消費に左右されない、長期的な投資が増えるような政策が望ましい。

では、消費性向を上げたり、消費に左右されない長期的な投資を増やすには、どのような政策があり得るのか。その際、累積債務の持続可能性を高めるために他に注意すべき点はなにか、ということについて、節を改めて考察してみたい。


第9節の注

注1:ただし、成長率に応じた実効税率の変化は、経済システムの安定性にとっては重要である(組み込まれた安定化装置、付録C参照)。


ホーム 目次 次へ進む


(2007年1月作成  2007年1月29日 更新)