Wave of Sound の研究月誌
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財政赤字の持続可能性について

第2部 持続可能性を高める税財政政策


10 日本経済の現状と望ましい政策

前節では、財政収支の健全化のためにもっとも有効なのは消費性向を高める政策であり、次いで、消費に左右されない長期的な投資性向の向上も効果があることを述べた。こうした政策は、経済が成長する環境を作り出すがゆえに財政健全化に役立つ。また、第1部で見たように、名目成長率が長期金利を安定的に上回ることが、累積債務を持続可能とするために重要であった。この節では、以上の考察をまとめて、具体的にどのような税財政政策が望ましいのか、また、金融政策の上で注意すべきことは何か、という点について、WSの考えを述べたい。

■消費性向を高める政策

消費性向の向上に効果があるのは所得の再分配政策である。富裕層の消費性向は低く、非富裕層の消費性向は高いからだ。

消費税の導入、所得税の最高税率の半減、法人税率の引き下げなどに象徴されるように、ここ20年ほど日本の再分配政策は後退する一方であった。

消費性向は、逆進的な税を減らして累進的な税を増やすことで向上する。消費税率の引き下げ、所得税最高税率の引き上げ、(一部の企業に対する)法人税率の引き上げ(ただし、下の投資性向の項も参照のこと)が望ましい。社会保障負担の累進的な性格を強め、社会保障給付の所得比例部分を減らして最低保障部分を増やすことも、消費性向の向上につながる。

なかなか納得するのが難しいことではあるが、富裕層の所得の一部を税として徴収し、非富裕層へと移転することは朝三暮四のような話であって、実は長期的にみると富裕層が失うものはほとんど何もないのである。所得の移転によって国全体の消費が増えて経済が成長するので、結局、富裕層も数年後には、所得を移転しない場合よりも多くを得ることになる。所得が対数正規分布に従う数理モデルを使って所得移転の将来の帰結を説明することも可能だが、ここでそれをするまでもなく、ちょっと想像力を働かせて、この失われた15年の間に、もし5%成長が続いていたら富裕層の所得は今どうなっているか、を考えてみればよい。あるいは、所得や資産の分布が比較的平等な国とそうでない国の成長率はどちらが高いか。20年後にどちらの国の富裕層が豊かになり、より安定した社会環境のもとで暮らしているか、をいくつかの例を思い浮かべて比べてみてもよいだろう。

再分配政策を行わないことを正当化する議論は山ほどある。再分配を行えば資本の蓄積が遅れるので投資が減るとか、非富裕層から勤労の美徳が失われるとか、いろいろある。が、それらが実証されたことはただの1度もない。誰もが、消費性向が国民総所得に及ぼす影響というもっとも古典的な経済学が語る事実を、再び直視しなければならない。私たちは、朝に4つのまんじゅうをもらって喜ぶ猿ではなく、人間なのだから。誰も損をしない解決策があるのに、「年間3万人の自殺者」に象徴される現実を放置するのが、社会のあるべき姿なのか。

なお、近年の日本の消費性向の低下には、税制だけでなく、非正規雇用の増加も関係していると思われる。これについては次項の投資性向の項でも少し触れる。

■消費に左右されない長期的な投資性向を高める政策

将来にわたり国内消費が安定した増加傾向を続けるという確信が持てるならば、経営者は安心して設備投資を行える。政府が名目成長率4〜5%の経済成長を目標にし、その実現に努めることをはっきりと表明することは大いに助けになるだろう。

法人税の減税も有効な政策であるが、減税分を消費税や所得税の増税で埋め合わせるならば、家計部門の所得を奪い、消費の減退につながってかえってマイナスとなる。むしろ、社員にしかるべき給与をちゃんと支払い、社会的責任を果たしている企業には減税を、そうでない企業には増税を行うのが望ましい。例えば、支払った給与総額のうち、正社員に支払った分の1.1倍を費用として控除できるようにすることが考えられる。さらに、法人税の基本税率を20%に引き下げた上で、国内で社会的責任を果たさない企業には税率を割り増す以下のような制度を導入することを提案したい。こうした法人税制は、所得格差の拡大を是正して消費性向を向上させ、国内の安定した投資を促す効果をもつ。

基本税率
20%

 非正社員の比率が10〜20%

+10%
 非正社員の比率が20〜40%
+20%
 非正社員の比率が40%以上
+30%
 海外生産の比率が30〜50%
+10%
 海外生産の比率が50%以上
+20%

導入に伴う短期的影響を緩和する措置も必要である。従業員数が100人未満の小企業や、歴史的に非正社員比率が大きい一部の業界では、制度の導入に猶予期間を設ける必要がある。大企業や大部分の業界で制度の導入が進み、国内消費に牽引された順調な経済成長が回復してから慎重に、制度の導入を段階的に進めるのがよい。

■長期金利が名目成長率を安定的に下回る金融政策

累積債務の持続可能性にとってもっとも重要な条件は「長期金利が名目成長率を安定的に下回る」 ことである。しかし、この条件を満たすことは、現在の過度に自由な国際金融の環境下では決して易しくない。

1つ言えるのは、経済をコントロールするために金融政策に頼りきる必要のない、安定した状態に経済システムを保つことが大事だ、ということである。経済システムの安定性は、累進的な税制により限界税率を高めることや、投資が消費過敏になりすぎないように、経営者に政府の成長戦略に対する信頼感をあたえることで高まる。

また、歴史的に見ると、1970年代以前の固定相場制と制限的な国際金融環境のもとでは、長期金利を名目成長率より安定的に低く保つことが可能であった。したがって、国境を越える短期資本の投機的移動を規制し、貿易量の多いいくつかの相手国と、為替レートの中期的な目標相場範囲について合意して公表することが、国内金利のコントロールに有効であると考えられる。

ケインズ政策の有効性は70年代のスタグフレーションによって死んだ、とよく言われるが、WSはそうは考えない。人工的に導入された変動相場制と金融自由化のために、政策の効果の一部が海外へ逃げるようになっただけである。変動相場制は人間が作った制度なのだから、不都合があれば変えればよい。固定相場制に近い制度に戻すことで、ケインズ政策の効果は国内に戻ってくる。つまり再び、長期金利を上回る経済成長が可能になる。

投機的な短期資本移動に対して国境を開けば、人がマネーを使うのではなく、人がマネーに使われる。マネーは、最低の労働条件で働く人のいるところに群がるからである。最低の社会福祉水準を目指した勝者なき競争に、各国の庶民は疲弊する。 <投機的な短期資本の移動に対してだけ国境を閉じること>、それが累積債務を持続可能にする唯一の道であるように思われる。


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(2007年1月作成  2007年12月25日 更新)