Wave of Sound の研究月誌 |
第2部 持続可能性を高める税財政政策 7 定常状態からわかること(その2)増税で債務を解消するのに必要な税率は? この節では、税府支出の総額を一定に保ったまま、増税あるいは減税を行った場合、言いかえると、平均税率α1 を変えた場合に、財政赤字がどうなるかを考えてみよう。平均税率を変えれば、しばらく経済は振動するがやがて落ち着く。その状態での財政赤字を考えるわけである。 これも前節で導いた式 (以下に再掲)からわかる。
減税を行う(=税率α1 を下げる)と、式(1)からわかるように国民総所得が増える。税率が下がるので税収は減るが、所得の増大がそれをいくぶん緩和する。そのトータルの結果は式(2)からわかる。財政赤字の国民総所得比率は、税率を下げると増え、税率を上げると減る。しかし、少しばかり税率をあげても財政赤字は消えない。増税にともなう所得減少の効果が大きいからだ。 第5節のモデル国の場合について、政府支出(100兆円とする)や他のパラメータ(消費性向β = 0.70、投資性向γ1 = 1.33)が不変であると仮定して、さまざまな平均税率α1 に対して国民総所得Y や財政赤字比率 D/Y などを計算したのが次の表である(金額の単位は兆円)。
このモデル国の現在の平均税率は16.2%、財政赤字比率は6%であった(注1)。表から、税率を2倍程度に引き上げれば、財政赤字比率が4%台に下がることがわかる。しかし、犠牲は大きい。国民総所得が半減してしまうのだ。累積債務を抱える中での経済規模の縮小は自殺行為である。 1997年の消費税率引き上げ(3%→5%)による景気の落ち込みはまさにこれであった。個人消費が国民総所得に占める割合が6割ならば、消費税率の2%の引き上げは上での平均税率の1.2%の増加に相当する。1.2%の引き上げであの落ち込みである。平均税率を2倍の30%程度まで引き上げるなど、狂気の沙汰であることが理解できるだろう。赤字比率減少に必要な税率は高すぎ、とうてい容認できないほどの総所得の減少を招いてしまう。政府支出を抑制したまま、数年おきにじわじわ税率を上げていくこと(ゆでがえる増税)により財政赤字の解消を計る、などという呑気な選択肢はあり得ないのである(注2)。 同様に、政府支出を変えないで、税率のダウン(減税)により財政赤字の解消を計るという選択肢もあり得ない。減税により、確かに国民総所得は増える。しかし、税率減のほうが効いて税収が減るため、総所得に占める財政赤字の割合はむしろ増えてしまう。 このように、単純な税率変更(増税や減税)では財政赤字はなくならず、したがって累積債務も解消できない。消費性向や投資性向といった経済システムのパラメータを変える政策と、経済成長が不可欠である。 経済成長について言えば、バブル崩壊後の景気後退が長いために、もう国内経済は拡大しないのではないか、という悲観的な見方があるかも知れない。しかし、決してそんなことはない。悲観論は誤りである。次の第8節では、経済成長を仮定することが自然である理由を、歴史的データに基づいて説明する。その後、第9節では、経済が成長する状況のもとでは、財政赤字の国民総所得に対する比率はどのようなパラメータによって決まるのか、を第5節で説明した限界税率・誘発投資モデルを用いて考察したい。 第7節の注 注1:第1節の注で説明したように、ここでいう税収とは、所得税、法人税、消費税などの通常の税に、社会保障負担(保険料)を加え、社会保障給付を差し引いたものである。現在の日本の場合、社会保障については給付が負担を上回っているので、通常の税の合計より、ここでいう税収は少なくなっている。 注2:消費税は一般に累進性を持たないので、平均税率でよく近似できる税である。その意味で、税全体に占める消費税の割合が高い国の経済は、ここでの定常モデルでよく近似できると考えられる。欧州諸国の消費税率の高さは目を見張るが、政府支出を抑制したまま財政赤字を解消しようとすれば、そうならざるを得ない(欧州諸国の場合には、政府の移転支出が消費性向を上げているので、所得が落ち込まずに済んでいる)。歳出抑制と消費税に頼って財政再建を図るなら、税率は際限なく上がり、国民総所得は低迷する。WSはそれが唯一の道ではないばかりか、選ぶべき道でもない、と考えている。 (2007年1月作成 2007年12月25日 更新) |