Wave of Sound の研究月誌 |
第2部 持続可能性を高める税財政政策 6 定常状態から分かること(その1)歳出削減の継続で債務を解消できるか 政府支出が税収を上回っているために財政が赤字になるのだから、政府支出を削減すれば赤字が減る、と考えがちである。だが、政府支出が減れば景気悪化のため税収が落ち込んで、期待したほど赤字削減効果はなく、翌年・翌々年には景気浮揚のためさらなる政府支出と大幅な財政赤字が必要になった、というのが2000年からの数年間の経験であった。このあたりの事情を、前節で説明したモデルを使って考察してみよう。 ■モデルによる考察 政府支出を来年、たとえば現在より10兆円だけ減らし、来年以降その低いレベルで一定に保つとする。すぐに消費は落ち込み、それが設備投資の落ち込みをもたらすだろう。だが消費の減退スピードはいずれ小さくなる。それが設備投資の復活を誘い、消費の減退にストップをかけ、消費はやがて回復を始める。このように一時的に経済は振動するが、数年後には一定のレベルに落ち着くだろう。その定常状態で、税収がどれだけあり、毎年の財政赤字がどうなるかを考えてみる。 前節のモデルには国民総所得の前年差ΔY と個人消費の前年差ΔC が登場するが、上で説明したようにここでは、政府支出削減に伴う経済の振動が収まった後の定常状態に興味があるので、これらの量はゼロとおくことになる。したがってモデルは以下のように単純になる。
消費性向β、平均投資性向γ1 、平均税率α1 を与えられた定数と見なしてこれらの式を連立して解き、 国民総所得Y を政府支出G の関数として求めることができる(注:γはギリシャ文字のガンマ )。結果は次の通り。
式(1)の分母の値は、前節のモデル国のパラメータの値β = 0.70 、 γ1 = 0.33 、α1 = 0.14 を用いると約 0.20である。つまり、国民総所得は政府支出の約5倍となる。 定常状態では、税収T は国民総所得Y に平均税率α1 をかけたものに等しいので、財政赤字D も容易に求まる。 第1部で説明したように、重要なのは財政赤字そのものではなく、財政赤字の国民総所得に対する比率である。それを求めると、次のようになる。
この式の右辺は定数になっている。式(2)が示しているのは、政府支出を高い水準に保とうが低い水準に保とうが、消費性向や税率、投資性向といったパラメータが変わらなければ、(政府支出の水準を変えたことによる経済の振動が収まったあとでは)財政赤字の国民総所得に占める比率は変わらない、ということである。前節のモデル国では式(2)の右辺は約0.06である。つまり、国民総所得の6%の財政赤字が出る(500兆円に対して30兆円)。 歳出削減を行えば財政赤字の総額は減るが、経済規模も縮小するので、結局、経済規模に対する比率で見れば同じ6%だけの財政赤字が出続ける。赤字が出続けるのに経済規模が一定なら、累積債務が解消するはずがない。消費性向や税率、投資性向といったパラメータを変える政策と併用しないのであれば、経済成長を追求せず、歳出削減だけで累積債務を解消するのは不可能である、というのがこのモデルからわかる結論である。 ここで見たように、政府支出の総額の削減はほとんど効果がない。ただし、無駄な支出を省き、有効な支出に振り向けることが無意味だと主張しているわけではないことに注意してほしい。予算の使い道を変更することによりパラメータが変わるならば、いいかえると、消費性向βを上げ、投資性向γ1を増すことができるなら、国民総所得に対する財政赤字の比率は小さくできるのである(注1)。 この節では、平均税率α1 を変えずに政府支出の水準を変えた場合の、財政赤字比率の削減効果について考えた。政府支出の総額の削減は、ほとんど無効果である。では、政府支出の水準を保ったまま、増税あるいは減税を行ったら(=平均税率α1 を変えたら)どうなるか。それを次節で考察してみよう。 第6節の注 注1:さらに詳しく見ると、式(2)からわかるように、消費性向を増す方が、投資性向を増すのに比べて赤字比率減少効果が大きい。また、投資が消費過敏になることは、経済の不安定性を増すことにつながり、望ましくない面もある、詳細は付録Cを参照。
(2007年1月作成 2007年1月29日 更新) |