Wave of Sound の研究月誌 |
第2部 持続可能性を高める税財政政策 5 モデルの説明 (限界税率と誘発投資を考えるモデル ) 第1部では、政府の累積債務が持続可能であるためには、名目成長率が長期金利を安定的に上回る必要があることを説明した。また、1970年代以降、通貨の変動相場制と国際金融の自由化によって、その条件を満たすことが難しくなった、とのWSの主張も述べた。 第2部では、債務が持続可能であるためには、どのような税・財政政策が望ましいのかをモデルを用いて考える。あらかじめ正直に述べれば、それらの政策に長期金利がどのように反応するか、という点に関する考察は不十分となるだろう。金利は現在の景気だけでなく、期待や見通しの影響も受ける。それを厳密に予測するのは不可能に近い。現在、先進各国の年金資金は豊富であり、急速に経済規模を拡大しているBRICs等の国々の年金資金が今後それに加わることを考えれば、世界的に金利は低い水準が続く、とWSは予想する。それゆえ、日本においても、近い将来の期間において、長期金利は急上昇することなく安定的に推移する、という前提で議論を進めることにする。 ■限界税率・誘発投資モデル 現在の国民総所得(Y )が500兆円で、その内訳が下記のような国をモデル国として考える。ひとまず海外との貿易および資本収支は無視する。 Y = C + I + G (1)
税収をT とすれば、財政収支の赤字(D )は、政府支出から税収を引いたものに等しいから D = G - T (2) となる。例えば、現在、税収が70兆円なら、財政赤字は100マイナス70で30兆円である。 税収は所得に対する平均税率(α1 とする)で決まる、つまり、 T = α1 Y が成り立つ、と思うかも知れない(上の表に上げた国の例では、税率が α1 = 0.14 = 14%ならば、この比率を国民総所得500兆円にかけると、税収70兆円が得られる)。この考えは、経済が成長も縮小もしていなければほぼ正しい。しかし、経済規模が変化している場合には正しくない。所得税や法人税の税収は、経済が5%成長すれば、それ以上の割合で増えるからだ。所得税率には累進構造があるので、所得の増えた人に対する税率は以前より高くなる。利益に対してかかる法人税にも同様なことが起きる(さまざまな控除により不況時には法人税を納める必要のない企業が、景気が良くなると納税する)。そこで上の式のかわりに、税収が次の式で与えられると仮定する。 T = α1 Y + α2 ΔY (3) ここで、ΔY は国民総所得の前年差(前年度からの変化量で増えた場合を正とする)を表す。係数α1 を平均税率、係数α2 を限界税率と呼ぶことにする。 1984年〜1998年の日本では、係数α1 は約0.17、係数α2 は約0.6である(詳しくは付録Bを参照)。 個人消費C は、可処分所得Y-T 、つまり、所得から税を差し引いた量の関数であると仮定する。ここでは、簡単のため比例関係を仮定して C = β (Y-T) (4) とおく。係数βを限界消費性向と呼ぶ(この簡単化したモデルではβは平均消費性向とも一致する)。表のデータと税収70兆円を仮定すれば、現在、C = 300兆円、 可処分所得は430兆円であるから、係数βは約0.70となる。 民間投資I の適切な関数形を仮定することは易しくない。しばしば、金利が高いと投資が抑制され、低いと増える。あるいは、将来に金利が上昇するとの期待があるとかけこみ投資が増える、とのモデルが採用される。しかし、バブル期には高い金利のもとでも投資が高水準を続けたのに対し、バブル崩壊後は、超低金利のもとでも投資は落ち込んだままであったことからもわかるように、現在の日本経済において、金利に対して投資が簡単な関係をもつと仮定することは妥当ではない。ここでは次式のように、投資水準が個人消費C とその前年差ΔC で決まるとの仮定を採用する。つまり、消費の総額が大きい場合だけでなく、消費の拡大が期待できる場合にも企業は設備投資を行う、と仮定する。 I = γ1 C + γ2 ΔC (5) 係数γ1 を平均投資性向、係数γ2 を限界投資性向と呼ぶ。仮に限界投資性向γ2 がゼロであるならば、表のモデル国では現在、平均投資性向γ1 は0.33となる。現実のデータを見てみると、1984年〜1998年の日本では、係数γ1 は約0.40、係数γ2 は約2.5であったが、民間投資はこれらの係数から式(5)で計算される値よりさらに30兆円ほど少なかった。つまり、民間投資は全体として以前より(消費に対する割合が)3割ほど落ち込んでいたが、消費の増減には極めて敏感に反応する状態であった(詳しくは付録Bを参照)。 ■モデルの特徴 以上が、財政赤字と累積債務の持続可能性をこれから考察する際に、基礎におくモデルである。このモデル(限界税率・誘発投資モデルと呼ぶ)は、適正成長率を実現する財政政策を議論する際によく用いられるハロッド・ドーマー・モデルに似ているが、以下の2点で異なる(あるいは拡張になっている)。 第一に、税収が、平均税率だけでなく、限界税率にもよると仮定している点。これにより、通常の所得税のような累進税制と消費税のような逆進税制のいずれが、累積債務の持続可能性を高めるのかを、簡単化した枠組みで考察することが可能になる。 第二に、民間投資が、個人消費の総額とその増加率で決まると仮定している点。これにより、近年の日本で顕著にみられる消費に誘発される投資が、累積債務の解消に与える効果を、定量的に議論することが可能になる。 この限界税率・誘発投資モデルが全体として斉次の線形のシステム(定数項がない)をなしているのでシンプルであり、解析が極めて容易であることも指摘しておきたい。 このモデルでは、海外との貿易や資本収支を考えなかったので、政府支出が国民総所得に与える効果を考える際、短期的には、輸入による購買力の海外への流出を無視することになる。しかし、日本の経常収支は黒字であり、今後もしばらくは黒字が続くであろうから、長期的に見れば、外国政府の支出や、海外の購買力の成長が、その流出を補うと考えてよいであろう。したがって、海外との取引を無視しても、これからの議論の結論が大きく変わることはない、とWSは考えている(付録Dも参照)。 (2007年1月作成 2007年12月25日 更新) |