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Wave of Sound の研究月誌
<トピックス> 財政赤字 ブログ

財政赤字の持続可能性について

付録


E 主な政策の効果の試算

第2部でとりあげた限界税率・誘発投資モデルと、付録Bで求めたパラメータ(下に再掲)を用いて、現在の日本経済について、主な政策の効果を試算してみよう。試算には1984〜1998年度のパラメータの値を用い、経済成長のない定常状態を仮定する。したがって、以下の試算には、限界税率α2と限界投資性向γ2は関係しない。

期間 (年度)
β
α1

α2

γ1
γ2
1956〜1970
0.624
0.18
-0.05
0.45
1.1
1970〜1984
0.721
0.14
0.18
0.27
0.5
1984〜1998
0.683
0.17
0.64
0.40
2.5

表1:日本経済のパラメータ(再掲)

■モデルについての補足

やや細かい点であるが、試算結果を紹介する前に、1つ明確にしておくべきことがある。注意深い読者の方は気付かれたと思うが、付録Bで仮定した個人消費や民間投資は、経済規模に比例する項に加えて、定数項を持っていた。しかし、第2部における考察で用いたモデルは、定数項は考えない線形斉次のモデルであった。実はこの相違は、モデルの妥当性を損わないのである。それを説明しておこう。

個人消費CC = C0 + C1 のように定数項C0 と経済規模に比例する項C1 の和に書けたとする。 同様に、民間投資もI = I0 + I1 のように定数項I0 と経済規模に比例する項I1 の和に書けると仮定する。すると、国民総所得Y の定義式において

Y = C + I + G = C1 + I1 + (G + C0 + I0 )

のように、あたかも政府支出が、実際の政府支出G に消費と投資の定数項を加えたものに変わったかのように見なせば、第2部のモデルで扱うことのできる形になることがわかる。以下ではこの、消費と投資の定数項を加えた政府支出を「準政府支出」と呼ぶことにする。そして、消費や投資の経済規模に比例する部分を「準消費」、「準投資」と呼ぶ。国民総所得が500兆円であると仮定すれば、表1の最下欄の経済パラメータの値に対して、各々の規模は次のようになる。

国民総所得
準消費
準投資
準政府支出
準税収
準財政赤字
500
283
113
104
85
19
定数項(ずれ)
+5
-30
+25
-14
+39

表2:現在の経済規模

実際の消費や投資などは、上で述べた定数項の分だけずれている。消費は準消費より5兆円多く、投資は準投資より30兆円少ない。差し引き25兆円の分だけ、実際の政府支出は準政府支出より多い。

上では説明しなかったが、税収も同様であって、準税収より実際の税収は14兆円少ない。上では準財政赤字は19兆円と計算されているが、これらの定数項を考慮すると39兆円増えて、58兆円となる。このようにモデルから計算される財政赤字の大きさは、20〜30兆円ほど現在の日本の値より大きく出る。これは、民間投資の定数項(消費に依存しない部分)の落ち込みがマイナス30兆円ととても大きなためと、経済成長を考慮していないことが影響している。

■いくつかの政策の効果

では、上のモデルを用いて、いくつかの政策の効果を検証しよう。考える政策は次の6つである。

  • (1) 税率を変えずに政府支出を5兆円増やす。
  • (2) 税率を変えずに政府支出を5兆円減らす。
  • (3) 政府支出を変えずに、税率を1%上げる。
  • (4) 政府支出を変えずに、税率を1%下げる。
  • (5) 政府支出も税率も変えずに、消費性向を1%向上させる。
  • (6) 政府支出も税率も変えずに、消費性向を1%低下させる。

効果を表にまとめると次のようになる。注意してほしいのは、政府支出を5兆円増やす、というのは、一時的な支出増ではなくて、たとえば、これまで100兆円だった支出を、ある年から以降はずっと105兆円に維持する、ということである。その場合、支出水準の変更に伴って数年間経済はバタバタ振動するけれども、やがて一定の水準に落ち着く。その水準をもとの水準と比較してまとめているのが表の数値(単位は兆円)である。(簡単のため、以下では準消費を単に消費という。他も同様。)

政策
国民総所得
消費
投資
政府支出
税収
財政赤字

(1) 5兆円政府支出を増やす

+24.2
+15.8
+6.3
+5.0
+4.1
+0.9
(2) 5兆円政府支出を減らす
-24.2
-15.8
-6.3
-5.0
-4.1
-0.9
(3) 税率を1%上げる
-22.2
-15.8
-6.3
+0.0
+1.0
-1.0
(4) 税率を1%下げる
+24.3
+17.4
+6.9
+0.0
-1.1
+1.1
(5) 消費性向を1%上げる
+29.8
+21.3
+8.5
+0.0
+5.1
-5.1
(6) 消費性向を1%下げる
-26.7
-19.0
-8.5
+0.0
-5.1
+5.1

表3:さまざまな政策の効果(単位は兆円。始めの国民総所得を500兆円とした。)

政府支出の5兆円の増加と、1%の減税(消費税率の約1.7%の減税に相当)とは、ほぼ同等の効果をもつことがわかる。いずれも約24兆円の国民所得の増加と、約1兆円の財政赤字の増大をもたらす。財源の裏付けなく政府支出を5兆円増やしても、財政赤字は約1兆円しか増えないことにも注意。これは税収が約4兆円増えるからである。

ここでは輸入増による購買力の海外への流出(とそれに伴う乗数低下)を考えていない。たしかに、短期的には購買力は海外へと逃げるであろう。しかし、日本の経常収支が大幅赤字でない限り(実際には黒字である)、やがてそれは海外の購買力の増加をもたらし、輸出増となって国内へと戻ってくる。だから、長期的には乗数低下を考える必要はない。問題は、その効果がおそらく3〜5年後に国内へと戻ってくることである。かつてほど公共投資の効果がない、といって皆が嘆き、政策が緊縮財政に転じた頃に輸出が増えて景気が良くなり、やっぱり構造改革路線は正しかった、などという人が出てくる。大いなる誤解である。

最後に、消費性向を上げることは、全く非の打ちどころのない絶大な効果を発揮することを指摘しておきたい。現在0.68である消費性向がわずか1ポイント上がって0.69になるだけで、言いかえれば、現在、民間が受け取る可処分所得(税金などを差し引いた手取りの金額)のうち、消費に振り向けられる割合が68%から69%に変わるだけで、財政出動や税率アップが全くなくても、消費が21兆円も増え、8兆円の誘発投資が発生し、結果として税収が5兆円増え、財政収支が5兆円改善する。仮に消費性向が4ポイント改善して70年代後半の水準になれば、財政収支は20兆円改善する

消費性向の改善には所得移転政策が必要になる。1980年代以降の累積債務問題の半分以上は、さまざまな所得移転に逆行する政策がもたらしたものであるとWSは考える。そうした政策が経済の成熟や国際要因などにより不可避なものであったかどうかは議論の余地があるとしても。

いずれにせよ、失われた15年を経て、国民の多くが疲弊している現在、消費性向の改善につながる政策を実行しない理由はない。


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(2007年1月作成  2008年1月10日 更新)